先日の打ち合わせ後に担当さんに「漫画読んでね」と語気強めに言われた(気がした)ので、さすがに読んでみる。
今回、前回の打ち合わせの際に名前が挙がった『ダブル』、資料として送っていただいた『ノラと雑草』『初恋ざらり』の感想をまとめる。
野田彩子『ダブル』感想
あらすじ
無名の天才役者・宝田多家良と、彼の才能をいち早く見出し、支える役者仲間の鴨島友仁。ふたりは同じ劇団に所属し、同じアパートで生活しているが、多家良のスケジュールや生活の大半は友仁によって支えられている。
そんなある日、出演舞台をきっかけに多家良が芸能事務所からのスカウトを受ける。
挫折と、成功とを繰り返す日々。ふたりでひとつの俳優が「世界一の役者」を目指しながらもぶつかり合い、変わっていく異色の演劇物語。
演出が好き(絵柄含む)
この漫画、様々な点において非常にレベルが高いけれど、個人的に好ましかったのは視覚的な演出だった。絵が上手い。人物のフォルムが綺麗。手の稜線のタッチが小気味よい。こんな絵を描けたらどれだけ気持ちいいんだろうか。漫画の絵としても見やすいし、トーンの使い方とかとても参考になる。
コマ割りも現代の漫画にしては多めなのが個人的に嬉しい。人物のカットが多めな印象だけど引きだったり顔があまり見えないカットだったりと顔漫画になっていない。うまい。
演技してる時はトーンの使い方が変わるのが良い。(二値からグレスケになる)
友仁が多家良に告白する時に演技の演出がされてたのが良かった。なるほどね。
視覚演出以外にも、戯曲のセリフを引用してみたりと、インテリジェンスを感じる脚本も個人的には好き。憧れる。しかもちゃんとキャラクターの心情とマッチした引用をしているので、鼻につく感じがしない。それも上手い。
私が今作ろうとしているネームも芸術分野が舞台なので、似たことできたら嬉しいなあ。
男同士の激重感情、ありがとう
この漫画を読む前に、この作者が某女性向け界隈に出没していたという話を知人から聞いていたので、すんなり受け入れてはいたけど、これは本当の意味でのBL漫画だった。4巻。4巻。三十路にもなってキャーキャー黄色い声を上げて漫画を読んでしまった。いやその前から多家良と友仁距離感バグりすぎだろと思ってたけど本当にそうだったんじゃん。作者がBL好きでナチュラルにこの距離感で男同士が和気あいあいしているものだと思っていたのかな…とか思ってたけど意図していたとはね。なんなら黒津も多家良のこと性的に見てるしな。
多家良が妄想(心象風景?)で友仁に激重感情を向けられてるの非常に萌える。それを生み出しているのが多家良本人なので、そうされたいという心の表れなのだと思うとね。友仁のが依存していると思われがちな序盤だったけど、蓋開けてみたら多家良のが何十倍も依存していて良かった。いやこれ完全に共依存なんですけど。
これをBL漫画として読むなら、女性に代替可能な商業BLでなく、リアリティあるBLなのが良い。必然的に恋心が発生しているのが良い。これは明らかに女性向け漫画だけどなんてジャンルになるんだ?青年漫画の女性版…婦人漫画?意外とニュータイプなのでは。
発達特性のある主人公と演劇という分野の相性の良さ
演劇という分野は人間ドラマを描くにはもってこいの題材のため、描きたいと思う漫画家は多いと思う。(私もそのうちのひとりだった)。けど、その目的が先行してしまい「このキャラが演劇をやる意味はあるのか?」と思わされる漫画は少なくない。しかし、『ダブル』は主人公の特性と演劇に必要な能力がうまくマッチしていて、演劇という題材に無理を感じない。多家良がLDで友仁に台本を読んでもらうというのも、二人で芝居をやらないといけない理由として機能しているのも良い。また、発達特有の想像力豊かで細かいところまで気になってしまうという特性も、与えられた役を演じることに上手く作用しているのも良い。
真造圭伍『ノラと雑草』感想
わしの好みが詰まってる最高マンガ
喪失、疑似親子、逃避行、性依存…私の好きがたくさん詰まってる、好きな漫画だった!
切なくて時折泣きそうになった…
海野ちゃんの、自分なんかいなきゃいいというやるせない気持ちはとてもよくわかるんだよな。自分を受け入れてくれるその場からいなくなりたい気持ち。申し訳なさ過ぎて、消えたくなっちゃうんだよね。
山田さんの、ずっと死にたかったという本音も切ない。自分のせいで大切な人を亡くして、自分だけ生き残って…自分が死ねばよかったって思ってしまうよなあ。
この二人は自分の存在を否定されて生き続けてきた。そんな中出会ってしまった二人は最後また離れ離れになってしまったけれど、お互いに忘れられない人になったんだろうなと思う。
ざくざくろ『初恋、ざらり』感想
「持ってる側」視点で成功したレアケース
軽度知的障害と自閉症を持つ女の子の恋物語。
作者のざくざくろさんは自身がADHDとASDを持っていることを公言している。「自分と近しい立場の主人公を描きたかった」とあとがきで記している。
この漫画のすごいところは、読者と遠い立場の主人公の視点で描かれていること。
立場が違っても、思う心はみんなと同じなんだよと、どんな立場の人でも一度は抱えたことがある苦い恋心や劣等感などが痛切に描かれている。その心理描写のリアリティが、当事者であれそうでなかれ、いろんな人に支持されている理由のひとつなのだと思う。
私はこのような漫画が描けない。だからこのすごさがよく分かる…。
どうでも良すぎ余談
商業で作品を作ることに腹を据える覚悟
漫画を読む習慣がなくなって15年くらい経っていたことに気が付く。漫画家なのにこれはヤバいと思い、先日、とりあえずWEB漫画掲載サイトを端からブクマしていった。
15年前と違って無料で漫画がWEBで読める時代になっていて、浦島太郎状態。いまだに本は紙が良いけど、お気に入りでない限りは電子でもいいかなと思った。
で、読んでみる。
土下座。すみませんでした。舐めてました。連載漫画執筆、舐めてました。担当さんはどういう気持ちで私と打ち合わせをしてくれていたんだろう。頭が上がらない。私が連載を目指しているのもWEB系なので余計に意識が高まる。これらと戦っていくのか、私は。今更ライバルの戦闘力を知り焦る。
私は今成人漫画を描いている身だけど、商業的に「使える」レベルには多分達してないし、かといって一般漫画にしては内容がなさ過ぎるというかなり中途半端な漫画を描いていたなと、反省した。
それと同時に、私が描きたいと思う閉鎖的で退廃的なメロドラマも、現代の商業漫画では描けないと悟った。これは嘆きではなく、この事実を知ったことはむしろ禊となった。無理なら縋ることもできない。だから、『同棲時代』の令和ナイズされた漫画を描こうなどと難題に取り組まなくてすむのだ。あくまでこれは仕事なのだから。
そう、私はまだどこか学生の気分で制作をしていた。資本、大衆性に捉われない純粋な一分野としての作品制作ができる場があると夢見ていた。でもそれを叶えるには自費出版くらいしか道がない。漫画を描いてお金をもらうということは、あくまで資本、商業の上で成り立っているのだとやっと実感がわいた。
そんな内なる変化があり、これからは今までよりももう少しエンタメ性のある漫画を描こうと素直な気持ちで臨める気がしている。
と思っていたら、壁にぶつかる。漫画知らな過ぎ問題。
覚悟はできた。そしてネームに臨む。
提出する。
担当さん「一方的な内容で読者が興味を持てない作りになってる」
が、ガーン。
私なりに、理解しやすいように分かりやすく説明したつもりだったけど…
担当さん「読者は説明を嫌います。だから、説明が必要なら、読者が気になることの「答え」として描きましょう。例えば、「借金をしている高校生」を描くときに「俺は借金をしている」とモノローグで書くのは説明。でも、借金取りに追われているシーンを描いても、この主人公が借金をしていることは相手に伝わります。」
なるほど…アスペ的解釈だと、行間を読む的なそれか。この発想で漫画を描けるか不安だなあ。
担当さん「圧倒的にインプットが足りてないので、とにかく漫画の一話読みまくってください!」
はい。
もう、はいしか言えないよ。
漫画は小さい頃から馴染みがあってよく読んでいたけど、大学受験でデッサンを習い始めてから読むのをパタリと止めてしまった。しかも漫画を好きというわけでもなく、最適な表現方法として描いているので、漫画と心の距離がかなりある状態でスタートすることになった。なんかすごく嫌な漫画家だなあ。
まあ、仕事だからやるしかない。
中央値(読者)との距離が遠い。
今回このネームを描いて一番思ったのは、中央値(読者層)との距離が思っていたより遠いということ。
詳しく書いてたら辛くなったのと己の性格の悪さが嫌になってしまったので消してしまったけど、とりあえず心折れない程度に頑張ろうと思った。
中央に寄せる努力。
わしなりに頑張ったつもりだったんだけどなあ。
